モーグル杉本幸佑選手の経歴は?両親や出身校まとめ!2022冬季五輪初出場!

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フリースタイルスキー男子モーグル日本代表の杉本幸助(こうすけ)選手。

普段は食品製造工場で働きながら27歳の今年の北京オリンピックで初出場を果たしました。

予選は日本人トップの6位で通過したものの、残念ながら決勝2回目でストックが折れてしまうというアクシデントに見舞われ3回目に出場することができませんでした。

そんな遅咲き、苦労人ともいわれる杉本幸佑選手の経歴、ご両親について、出身校やプロフィールをまとめてみました。

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モーグル男子杉本幸佑のプロフィール

生年月日:1994年12月2日
出身地:静岡県袋井市
原住地:長野県大町市
家族構成:両親、弟
身長:174cm
体重:74kg
血液型:A型
所属:デイリーはやしや

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モーグル男子杉本幸佑の両親

ご両親は一般人のため詳しいことはわかっていません。

ですが、小学校時代の杉本仙選手を、毎週のようにスキー場に連れ出すほどスキー好きな両親なようです。

杉本選手はお父さんについて【スキー経験者ではなかったけれど、好きで、いつも見に来てくれた】と話しています。

息子のゆめのために一家で長野に移住するほどですから、息子を信じ愛情たっぷりご両親に育てられたことがうかがえますね!

好青年で人気の杉本選手の人柄からもご両親の愛の深さを感じました。

またお父様からけてもらったという【努力を続けた人が天才】という言葉は杉本選手をずっと笹手ているようです。

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出身校は?

小学校

杉本幸助さんの出身小学校は静岡県の袋井市立袋井南小学校です。

小学校時代は野球少年だったようです。かつて所属していた野球チームの少年たちが杉本選手にエールを送っている様子が新聞に掲載されています。

また空手もやっていたようで運動神経抜群のスポーツ少年だったことがうかがえます。

野球チームの当時の監督は【センスが良かったので野球を続けていればいい選手になると思っていた】と語っています。

空手道場【翔友会】の櫻井照夫さんは【明るい少年でスポーツ万能、教えた技はすぐに覚えた】と語っています。

当時から活発かつスポーツセンスに溢れていたようです。

また、雪の少ない静岡県で育っていますが毎週のようにご両親に連れられスキーは楽しんでいたようで、2年生の時からモーグルの練習はしていたようです。

中学校

中学校は長野県の大町市立大町仁科台中学校です。

中学2年の時にモーグルに打ち込むために一家で長野に移住しています。

息子のゆめのために移住までしてしまうご両親の愛情の深さを感じますね!

高校

杉本幸佑選手の出身高校は長野県大町北高等学校です。(※現大町岳陽高等学校)

高校時代にはかなりの実力の持ち主だった杉本選手。2012年には日本選手権、2013年にはジュニア世界スキー選手権にも出場されています。

 

 

大学

杉本幸佑さんは高校卒業後、松本大学人間健康学部スポーツ健康学科を卒業されています。

高校卒業後に名門校への進学も考えたようですが、結果的には地元の大学へ進学しています。

通学もロードバイクで通い、できることはすべてやり。充てられる時間はすべてモーグルのために費やしていたようです。

 

現在は松本市内の食品製造会社【デイリーはやしや】に所属し練習に励んでいるということです。

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モーグルを始めたきっかけ・経緯

小学校までは野球や空手に打ち込み、野球では4番を務め空手でも黒帯を取得するなどとにかくスポーツ万能少年だったようです。当時住んでいたのは静岡県でしたが、毎週のように両親と山梨のファミリースキー場に通っていたようで、小学2年生のころからモーグルにはまりモーグルの道に進み始めたようです。

雪の少ない静岡で生まれ、オリンピック選手にまで上り詰めた一つのきっかけはご両親のスキー好きが影響したといえるでしょう。

結果、様々なスポーツを経験したなかで、モーグルを選び本格的に練習に打ち込み始めます。

それは一家で長野に移住するというスケール壮大なもの。

中2の時に長野に移住し本格的に練習を始めたようです。

ご両親はスキーは好きだが競技経験はなかったといいますが、いつも練習には付き合ってくれたんだとか。

その後高校時代には新潟・松之山のA級大会で初優勝を果たします。

同時期に海外での大会も経験しましたが実力の差を痛感し、さらなる練習への原動力になったということです。

そんな杉本選手を支えている言葉は【努力を続けた人が天才】というお父様の言葉

それをずっと守り続けた結果、27歳にしてオリンピック初出場を勝ち取ったのですね!

2022年の北京オリンピックでは残念ながら決勝2回目でストックが折れてしまい、3回目に進めませんでしたが、日本中に感動を与えてくれました。

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まとめ

杉本幸佑選手は中学2年生から本格的に競技をはじめずっと努力を続けた結果、27歳にしてオリンピック初出場を果たしました。

遅咲き、苦労人ともいえる杉本選手。日本人トップで予選通過したものの、残念ながら決勝ではアクシデントに見舞われメダルは逃してしまいました。

それでも『道具のせいじゃない、自分の実力不足』と語る姿が印象的でした。

今後の活躍にも期待したいと思います!

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